最高裁判所第三小法廷 昭和34年(あ)962号 判決 1960年8月30日
主文
本件各上告を棄却する。
理由
被告人山田松夫本人の上告趣意は、被告人両名の司法警察員及び検察官に対する各供述は係官の強制、脅迫及び誘導による不任意の供述であることを前提とする事実誤認の主張、被告人波木国男本人の上告趣意は、被告人波木の司法警察員及び検察官に対する各供述は係官の強制、脅迫及び誘導による不任意の供述であることを前提とする事実誤認の主張並びに量刑不当の主張、被告人波木の弁護人岡田俊男、同江島晴夫の上告趣意第一点は同被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述が係官の強制、脅迫及び誘導による不任意の供述であることを前提とする事実誤認の主張、第二点は再審の請求をすることができる場合(刑訴四三五条一号、二号、六号)にあたる事由があることの主張、第三点は判例違反をいうけれども引用の判例は本件に適切を缺き、所論は結局訴訟法(採証法則)違反の主張に帰し、第四点は量刑不当の主張であっていずれも刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(所論被告人両名の捜査官に対する各供述が所論のような理由で任意性を缺くものであると認められない。また本件においては刑訴四三五条一号、二号、六号にあたる事由も存しない。)被告人山田の弁護人牧野寿太郎の上告趣意第一点は判例違反を主張するけれども引用の明治四三年六月一七日判例は昭和三二年九月一三日第二小法廷判決(刑集一一巻九号二二六三頁)により既に変更され、すなわち刑法二三六条二項の罪は同条一項の罪と同じく処罰すべきものと規定され、一項の罪とは不法利得と財物強取とを異にする外、その構成要素に何らの差異がなく、一項の罪におけると同じく相手方の反抗を抑圧すべき暴行、脅迫の手段を用いて財産上不法利得するをもって足り、必ずしも相手方の意思による処分行為を強制することを要するものではない。従って、犯人が債務の支払を免れる目的をもって債権者に対しその反抗を抑圧すべき暴行、脅迫を加え、債権者をして支払の請求をしない旨を表示せしめて支払を免れた場合であると、右の手段により債権者をして事実上支払の請求をすることができない状態に陥らしめて支払を免れた場合であるとを問わず、ひとしく右二三六条二項の不法利得罪を構成するものと解すべきであるとされるに至ったのであり、原審の確定した事実関係によれば被告人山田は判示第一の犯行の二日位前に被害者藤槻学、藤村章の両名から現金約三〇万円の保管を託されてこれを受取り、以来その管理一切の責任を負い、その後各地において諸経費を同人らの了解のもとに右金員中より支出し、犯行直前には残金約二七万五千円を所持していたところ、同被告人は自己の保管にかかる右金員を領得するため相被告人波木と共同し判示日時判示あかつき丸の船尾から毛布に巻きつけた右藤槻、藤村の両名を次々に暗夜の海中に投入れて溺死させ、もって委託者たる右両名を殺害し、同人らから事実上右金員の返還請求を受けることのない結果を生ぜしめて返還を免れたというのであるから、原審が右被告人らの所為は財産上不法の利益を得たものであるとなし、刑法二四〇条後段、二三六条二項に該当することが明白であると判示したのはまことに正当であり、論旨は理由がない。第二点は、単なる法令違反の主張であって刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(たとえ原判示金員が麻薬購入資金として被害者藤槻及び藤村両名から被告人山田に保管を託され、右金員の授受は不法原因に基ずく給付であるがため右藤槻らがその返還を請求することができないとしても、前示の如くいやしくも被告人らが該金員を領得するため右藤槻らを殺害し、同人らから事実上その返還請求を受けることのない結果を生ぜしめて返還を免れた以上は、刑法二四〇条後段、二三六条二項の不法利得罪を構成するものと解すべきである。昭和二五年七月四日第三小法廷判決、刑集四巻七号一一六八頁及び同年一二月五日第三小法廷判決、刑集四巻一二号二四七五頁各参照。)
また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。
よって同四一四条、三九六条、なお被告人山田につき同一八一条一項但書により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高橋 潔 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一)